44.企画書は手書きだった

学生時代、バイトでこの仕事をちょっとは経験していましたが、職業として「イベント」に携わったのは28歳の時です。私が学校を卒業した頃、今ほどではありませんでしたが、「不況」と云われていました。
 

いわゆる『オイルショック』の時代です。ガソリンが1リットル250円していました。ついこの間まで98円で、今113円前後ですから、随分と高くなった気がしていますが、昔に比べれば、大したことはない?!
 

卒業と同時に田舎に帰り、親の世話で複写機の販売会社に就職しました。東京では就職先が見つからなかったからです。
ここで3年間とちょっと、楽しい新入社員時代を経験しましたが、東京から出張でやってきた「イベント会社」に勤める友人の「さそい」の一言で、再び上京し、紆余曲折はありましたが、現在に至ります。
 

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田舎で事務機器全般の販売はしていましたが、まだワープロさえ影も形もない時代です。退職間際、ファックスの販売を始めましたが、他社と自社間のファックスの交信は、ちょっと信じられないでしょうが、「やってみなければ、出来るかどうかわからない!」という状況でした。
 

さて、ここからが本題。
当時企画書書きはどうしていたかと云えば、「ワープロさえない」のですから、当然手書きです。薄いグレーの升目の入った用箋に鉛筆書きして、それをコピーして客先に渡していました。
 

四角い枡に、大き目の字を一字ずつ入れて、イベントの企画書を完成させる訳です。
企画書を書く「プランナー」が、みんな字が上手ならば問題ないのですが、そう上手くいかないのが世の常。私を東京に誘った友人は、なかなか優秀なアイディアマンでしたが、字に関しては「幼稚園生」以下でした。
 

そこでどうしたかと云うと、彼の難解な文字が判読出来、かつ四角い文字を上手に書ける学生アルバイトを、夕方から二人ほど会社に待機させていました。
いわゆる「清書要員」!彼らは友人の原稿が仕上がるまで、テレビを見たり、店屋物を食べたり、マンガを読んだりして時間を潰します。
 

知らない人が見ると、ソファーのある応接室に、そんな連中がゴロゴロしている訳ですから、「なんちゅう会社だ!」と目に映ったこでしょう。私が朝出社すると、そんな彼らが疲れきった顔で、一仕事終え、爆睡している姿をよく見かけました。机の上に、菓子袋が散乱した状態で。
 

前日の深夜に渡る有様はこんな感じです。
 

1.友人がイベントのアイディアを、ミスコピーの裏に書き付けていく
2.アルバイトが野球中継を見ながら、騒いでいる
3.友人、書いては消し、を繰り返しながら、企画を煮詰めていく
4.出前が届き、友人もアルバイトと一緒に食べる
5.アルバイト、久米・黒柳の「ベストテン」を見ながら騒いでいる
6.友人、新たな紙に企画書の体裁を整えながら、書き付けていく
7.アルバイト、テレビを消してマンガを読み始める
8.友人「そろそろやるぞ」とアルバイトを呼びつける
9.友人、企画書の体裁を説明し、仕上がった原稿からリライトにかける
10.友人、原稿の仕上げが終わり、冷蔵庫からビールを取り出す
11.アルバイト、ひたすら清書。カリカリと鉛筆の滑る音。しずか
12.友人、0時を過ぎた頃「あとはよろしく」と帰る準備
13.友人、アルバイトに「お夜食代」を渡し、帰途に付く
14.アルバイト、そのまま作業を続ける。終電はやがてなくなる
15.アルバイト、清書終了。買ってきた夜食を食べながら深夜番組を見る
16.アルバイトは深夜4時頃、ソファで眠りに付く
 

 *           *            *
 

こうした状態が2年ほど続いた時、画期的なものが新発売されました。
富士通の「MyOASYS」の登場です。
ネットで価格を調べたところ、1台75万円でした。2台会社で購入しましたが、不景気な時代にしては、大変な出費だったはずです。経営者にしてみれば、「目障りで、不健全な連中の駆除」という悲願が達成されるわけですから、大英断したのでしょう。
 

「MyOASYS」の印字は16ドット。今から見れば、ギザギザ文字です。それでも、どこの大手広告代理店よりも早く導入したので、「手書き」でない「ワープロ文字」の企画書は、どのスポンサーでも受けは抜群でした。
~企画の内容より印字文字というだけで、採用された企画があったかも?
~そのおかげで、ワープロ代なんて、すぐに元が取れたかもしれません。
経営者じゃなかったので、分かりませんが。
 

こうした現象は、携帯電話の時にもありました。イベントの現場に最初に「ショルダーフォン」と呼ばれた携帯電話を持ち込んだのは、電通や博報堂といった大手広告代理店ではなく、弱小「いべんと屋」です、多分ね!
 

ただ、「MyOASYS」のキーボードは、「親指シフト」でした。
「早く打てる」というのがウリでしたが、両手の親指と人差し指を交差させながら“チョンコ・チョンコ”打つ方法は、ちょっと「格好ワルイ!」と感じていました。NECのPC9801にワープロ機能が付いた時、私は普通のJIS規格のキーボードに乗り換えました。
 

私の友人は、未だに「親指シフト」から脱却出来ずにいます。富士通のコンピュータと「親指シフト」のキーボードを指名買いしています。そのため、他人のマシンでは作業できず、インターネットカフェでも遊べません!
 

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さて、PCに乗り換えたものの、PCのワープロはまだまだ未完成でした。
そこで再びワープロ専用機を自分で購入しました。東芝の「ルポ」ですなかなかよく出来たワープロで、線や、枠や、円が簡単な操作で書けました。
 

そうこうしているうちに、どこからか、『Mac』の噂が流れてきました。グワーンという感じで、いつの間にかギョーカイでは『Mac主流』という空気が押し寄せてきました。 

身の回りに「Macの伝道師」が増殖し、熱く『Mac』を語り、とても親切に操作方法を教えてくれます。私もいつの間にか感染し、去年の1月まで、通算5台のMacを乗り換え、乗り換えして使っていました。
 

『Mac』のおかげで、企画書を美しく仕上げることが出来たのは事実です。しかし、「企画書を添付書類で送る」ことが主流となり、90%以上のシェアを持つ『Win』に対し、「添付書類がズレてしまう企画書」を送る訳にはいかなくなりました。
 

『Mac』の「OS10」の登場も、ソフトの移行の点で障害となり、あたかもキリスト教徒が「踏み絵」を踏んで“ころぶ”覚悟で、私は『Win』にマシンを変更しました・・・
 

『Win』に変える覚悟をした時、ホームページの制作と、メールマガジンの発行を決心しました。・・・今は、とても、快適です!!