42.ミステリートレイン(1)

「バブル」と呼ばれた時代が、かつてありました。

「バブル期なんて知らないよ」と云う青年が随分増えています。
「バブルの恩恵は、一切受けていませんから」と、どこかヤケッパチのような口調で彼らは云います。・・・そりゃそうだ。なにせ18年も前のことだもの。
 

バブルのピークは1982年から1986年と云われています。
私の会社の設立は、奇しくも1986年の7月です。
バブルが弾けたと云っても、すぐに不況になったわけではありません。6~7年は絶好調が続きました。
 

今思うと、まず百貨店からイベントが消えていきました。
「本業回帰」などと云っていましたが、この時点では、単に出るお金を「ギュッ」っと絞った、というだけだったような気がします。
抜本的改革を流通業が迫られるのは、もう少し後のことです。
 

「屋上のぬいぐるみショー」がなくなったので、スポンサーのシフトを、流通業から広告代理店に変えました。流通業と云っても、スーパーマーケットはまだ「行け行け」の時代で、D社は新店オープンラッシュに懸けていました。
私の会社も、広告代理店の下で随分D社の仕事を請けました。
 

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D社の仕事で、今でも想い出に残っているのは、「ミステリートレイン」です。
旅行会社や鉄道会社が、夏休みなどに行う既製品の「あれ」ではなく、すべてオリジナルの「ミステリートレイン」です。
 

スタッフ・キャスト総勢60名以上、観客約100名。搬入車両10数台、馬10数頭、貸切大型バス2台の大所帯。列車で移動しながらのイベントだけでなく、列車を降りても、観客をバスや徒歩で移動させながら、すぐその脇でキャストがイベントを演じながら、別仕立てで移動する、といった大掛かりなもの。
 

お金も随分掛けました。バブルの時代だから出来たイベントかも知れません。
企画の目的がきちんと達成でき、その結果、利益の回収が出来たのかと問われると、まったく自信有りません。
しかしそれ以後、イベントを仕事としていても、「こんなイベント、見たことない!」、「やったことない!」とは自信を持って云えます。
 

やる側が“面白かった!”“楽しかった!”と云えるイベントは、そうそう有りません。でも終わったあと、「お金をいっぱい掛けて、力いっぱい遊んだなー」「これがテレビ番組だったら、映像で残せたのにー」と、ちょっぴり空しさを覚えたのも事実です。
 

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イベントの前提として、D社が新発売する自社牧場の「アメリカンビーフの拡販」がありました。
試食していただき、お土産としてお持ち帰りいただくことが企画の目的です。
プランニングの段階で、早くから「ミステリートレイン」で行こう、ということは決まっていました。
「では行き先をどこにするか?」という段階で、広告代理店に呼ばれ、以後、企画を詰めていく作業にかかりました。
 

東京から貸切の列車を走らせるのに、中央本線がなにかと都合がいいこと。
これは国鉄(当時)の団体旅行営業部と話していて分かったことです。
通常の運行ダイアの隙間を縫って、1本の列車を走らせることは、案外難しいものらしいのです。
 

目的地は山梨県の「小淵沢」に決まりました。牧場もあり、バーベキュー施設も充実しています。小淵沢町の協力も取り付けました。
あとは、ワクワクするような、ミステリートレインの「ストーリー」を作るだけ。「まずは下見!」。さっそくスタッフ数名と勇んで小淵沢に出かけました。
 

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使用した列車は、貸しきり専用車の「コンパートメントタイプ」。6~8人掛けの対面式でボックスタイプ。各コンパートメントには、モニターが備え付けられており、ビデオやテレビを流すことが出来ます。
 

●【出来上がったストーリー】
 

1.出発駅は新宿。まずはホームでの出発式からイベント開始。
応募者の中から招待されたお客様は、ファミリー中心で、約100名。
夏休みが始まったばかりの日曜日。
 

2.出発式の主役は「艦長」。
白い駅長服に身を包んだ、50がらみの頼りがいの有りそうな男性。
「皆さんの旅の安全は、私が守ります!!」と力強い言葉。実はこの方、テレビでもたまに見かけるある劇団の役者さんです。
 

3.列車は一路、小淵沢へ。もちろん、お客様には行き先は知らされていません。
ただ臨時列車のため、あちこちの駅で止まっては、通過電車を待ちます。
 

4.列車の中では、ビデオを見せたり、ゲームをしたりして過ごします。
先頭の展望車はスタジオ化していて、テレビモニターを通じて、女性司会者による「テレビ・ビンゴ大会」を開催します。
 

5.「テレビ・ビンゴ大会」は、アルバイトが大変!「リーチの方はいませんか?」と、各車両を走り回って確認します。
そして「スタジオ」に、トランシーバで報告します。
 

6.そんなこんなしているうちに、小淵沢に列車は近づきます。
小淵沢駅の手前にトンネルがあります。トンネルに入ると突然テレビ画面が乱れ、収まると艦長がテレビに登場します。
 

7.艦長「皆さん、落ち着いてください。どうやらこの列車は、磁場の乱れにより、タイムワープした模様です。
19××年の日本から、アメリカ中西部の開拓時代にタイムスリップしました。
でもご安心ください。私が皆さんの生命の安全を守ります!
列車は次の駅で臨時停車します。
何があっても、どうか落ち着いて行動してください!」
 

8.列車は「予定通り」、定刻に小淵沢駅に着きます。
と、突然数人のインディアンが馬に乗ってホームに登場・・・
 

     ◇         ◇         ◇
 

これまでのことを、私は見ていません。私は「現地班」で、前日乗りしてイベントの準備をしていました。
出演する役者のリハーサルも何度か行いました。実際に馬に乗る10数人のインディアンは、小淵沢の乗馬クラブの人たちです。

当日は早朝から準備を開始しました。2時間前からインディアンに扮する役者さんに、衣装を着せ、インディアンに見えるようメイクをしました。幸い、肌の色さえ濃くすれば、日本人はインディアン向きの顔をしています。
 

一番神経を使ったのは、列車の到着時刻です。当時、まだ携帯電話はなく、高性能のトランシーバ頼りでした。
 

こうして、暑く燃える一日が始まりました。