39-1.忍者の世界・展/甲賀編☆上

■甲賀は本当に山の中■

本来、忍術は「修験道」から発生したものなので、伊賀も甲賀も「山の中」だったはず。
江戸期に入って、伊賀が藤堂家の城下町となり、発展したのに対し、甲賀はずっと山間の農村として、また富山と並ぶ「薬の里」として、江戸期を過ごしました。
 

伊賀上野から甲賀まで、JR線を乗り継いで30分たらず。
伊賀は三重県で、甲賀は滋賀県。別々の地域のような気がしますが、そこにすむ「忍者」にとっては山ひとつ、谷ひとつ隔てた隣町だったのでしょう。実際、このふたつの「忍びの里」の人々は、往来が盛んでした。
 

「忍び働き」にも、人の貸し借りはあったはず。「伊賀忍者」と「甲賀忍者」は“敵対関係”にあった、ということは決してありません。
 

甲賀は“コウガ”ではなく、「コウカ」というのがどうも正しいようです。
JR草津線の看板には「KOUKA」とあります。ただ私にとっては、やはり「コウガ」じゃなけりゃ「忍者」をイメージできないんだナ。
 

“甲賀衆は悪役!”
これも私の勝手な思い込みです。最近DVDで新発売された『隠密剣士』・第2部の「忍法甲賀衆」から来ているのでしょうか。敵役の「甲賀十三人衆」のブキミさが、頭の中に未だに染み付いています。
子供の時分見たテレビドラマは、後々まで尾を引くものですね。
 

■甲賀で、ナニしょ?■

 

甲賀で「やらなくちゃいけない仕事」は、「伊賀で仕残したことすべて」です。それは何といっても、「展示品」の確保でした。
 

・手裏剣各種 ・忍者刀 ・クナイ ・忍び装束 ・忍び鎧(よろい)
・鎖帷子(くさりかたびら) ・水蜘蛛 ・五色米(ごしきまい)・鍵縄
・撒き菱 ・火矢 ・目潰し ・その他
 

数え上げたらキリがありません。そしてもうひとつ、“これぞ、本物!”と云える、忍術秘伝書(巻物)の決定版!『万川集海』です。
 

またしても、一切紹介状を持たない「飛び込み交渉」となりました。
甲賀で、忍者関係の観光名所は、「甲賀流忍術屋敷」と「甲賀の里忍術村」です。
まず「甲賀流忍術屋敷」に行きました。
 

「甲賀流忍術屋敷」は、
 

『本物の忍者の住居として唯一現存している貴重な建物。甲賀忍者五十三家の筆頭格といわれる望月出雲守の屋敷として、約300年前の元禄年間に建てられました。
外見は一般的な日本建築の住宅ですが、内部は非常に複雑な構造で、外敵の侵入に備えた数々の仕掛けや工夫が凝らされています。また屋敷内には甲賀忍術の奥義を記した甲賀流伝書(虎の巻)、手裏剣をはじめとする武器や道具類なども数多く展示。戦乱の世に活躍した甲賀忍者たちの存在を、リアルに感じることができます』
(「甲賀流忍術屋敷」ホームページより抜粋しました)
◆甲賀流忍術屋敷→→→http://www.kouka-ninjya.com/
 

甲賀流忍術屋敷での交渉は、私にとってちょっと敷居が高すぎました。伊賀での「元市長」の『本当は、こういうのは嫌いなんだ・・・だって、ウソだもの』という言葉がよ
みがえりました。“ホンモノ”に対する遠慮のような意識が拭い切れませんでした。
 

「とりあえず、撤退!」を決め込み、次の「甲賀の里忍術村」に向いました。