22.日本一周ふじ丸の旅(3)

東京を夕方の6時に出航したふじ丸は、7時からの「ウェルカム・カクテルパーティー」、19時半からの「ウェルカム・ディナー」を経て、夜9時から通常の「夜のイベントタイム」に突入しました。
この日から9日間、ベースとしてのイベント ~ シアターでの「映画上映会」とラウンジでの弦楽四重奏の演奏 、ベランダでのカジノ/ルーレット~ が始まりました。
 

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この日の映画は『慕情』。ここで9日間の映画のメニューを記録として載せておきます。
・2日目『スーパーマン』・3日目『男はつらいよ』・4日目『ゴジラ』・5日目『キングコング』・6日目『北北西に進路を取れ』・7日目『西部戦線異状なし』・8日目『人斬り』・9日目『ライムライト』
 

こうしてみると、まったく統一性はないですね。大きな弁当箱のようなビデオや、今はほとんど見かけないケースに入ったLD?で再生していました。
 

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その夜22時半から「スタッフミーティング」がおこなわれました。次の寄港地のJ社の担当者が事前にふじ丸に乗り込み、乗船スタッフと翌日の「お客様見学会」のための段取りを打合せるためです。
 

「見学会」は函館を除くすべての港で実施されたため、「スタッフミーティング」は毎夜繰り返されました。会議の終了は夜中の1時半頃。そのあと、何とはなしに缶ビールを飲みながら、連日連夜2時過ぎまでウダウダするのが習慣化してしまいました。
 

何がつらかったって、この「スタッフミーティング」が一番でした。航海の後半、この会議に出席を義務付けられた乗船スタッフは、みんな睡眠不足で食欲もなくなり、心底参ってしまいました。
 

朝食は7時から。バイキング方式ではなく、和食・洋食が選べ、配膳もちゃんとウェーターがしてくれました。食事をしながら、大きな窓から見えるオーシャンビューは格別でした。
 

船が港に着く前から、はるか岸壁を望みながら携帯電話で「別働隊」のスタッフと連絡を取り合います。「見学会」の準備のためです。船のロビーにも「公衆電話(船舶電話)」は3台設置されていましたが、いつも誰かが通話中でした。すぐその横で「携帯電話」で話すというのは、それなりにステイタスを感じたものです。
 

当時、携帯電話の普及率は自動車電話を除外すれば、3%以下だったのではないでしょうか。統計を調べた訳ではないのですが、航海中、ふじ丸の中で使っている人を見かけたのは、私を除いて2人だけでした。
 

ふじ丸の着岸は、毎回見ものでした。タグボートが何隻も集まり、7色の噴水で歓迎してくれます。「あれかな?」と点にしか見えなかった「別働隊」(といってもたった一人ですが)が、だんだんと人の形に見え始め、あちらも携帯電話を握り締めているのが見えてきます。思わずデッキに飛び出し、力いっぱい手を振りました。
 

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9時着岸。すでに貸切バスが港に待機していて、「クルージング客」は「オプショナルツアー」に出発します。テープカット・式典を経て、10時半から「見学会」の開始。四日市では、小学生1,300名、一般1,000名V.I.P.300組/600名の、計2,900名が「日本一周豪華客船ふじ丸」を見に押し寄せました。スタッフは全員、船内誘導にあたりました。
 

見学の他に、スタンプラリーやコンサートもありました。15時「見学会」終了。17時、クルージング客帰船。18時出航。夕食を済ませ、21時より再び「夜のイベントタイム」に突入!これが9泊10日の毎日のスケジュールです。
 

そして22時半からのスタッフミーティング。四日市から乗船のJ社の大阪スタッフは、「さあ、次は自分たちの番だ!」と張り切ってミーティングに臨みます。この時点では、まだ「乗船スタッフ」は元気でした。
 

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大阪を出航したふじ丸の次の停泊地は目と鼻の先の姫路。夜中に目を覚ましたとき、ふじ丸のエンジンは停止していました。キャビンの丸窓から外を見てみると、案外近くにライトアップされていない姫路城が、ぼおっと霞んで宙に浮いているように見えました。
 

姫路から金沢へは、関門海峡を抜け、ぐるりと回る日本海コース。この間は遠距離のため、1日どこへも寄らず、ふじ丸は「全速前進」、わきめも振らずに、フルスピードで一路「金沢」を目指します。この1日が乗船スタッフにとって唯一の休養日となりました。
 

商船三井の担当者の計らいで、スタッフ一同、デッキの片隅でしたが海を見ながらの夕食となりました。このとき初めて日本海に沈む夕日を目にし、心底「海はいいなあ!」、「船はいいなあ!」と感激しました。同時に私は、咸臨丸の坂本竜馬や、光進丸の加山雄三に激しく嫉妬しました。(なぜかモリシゲさんは思い浮かばないんだナ。カッコ良さの問題か?)
 

ふじ丸は沿海走行を採り続け、ずっと右手に日本本土を遠く見ながら、時計回りに日本を一周をしました。私もおそらく二度とない「日本一周」を(全然偉くないけど)、無事成し遂げたのでした。