21.日本一周ふじ丸の旅(2)

スーパーの大手J社の創立20周年事業『日本一周ふじ丸クルージング』には、約300名のお客様が参加されました。
ふじ丸の最大収容人数600名の客船ですが、今回3~4名のキャビンを2名で使い、旅行代金も食事・消費税込みで1名39万円~という「謝恩特別価格」が設定されていました。15年前とは云え、10日間ですから格安の船旅といえるでしょう。
 

この格安価格には、ひとつ仕掛けがありました。港々に停泊するたびに、その地域のJ社のお客様が、どっと乗り込んでくる「豪華客船見学イベント」が組み込まれていたのです。J社としては、経費的にもこのBIGな企画にいろいろな顧客サービスを付加する必要があったのでしょう。クルージングに参加されたお客様にとっては、多少「落ち着かない」旅になったのは否めませんが。
 

はてさて、こうして『優雅に、贅沢に、豪華客船ふじ丸の初の日本一周クルージング』は、お決まりの(やっぱりこうでなくちゃ)銅鑼の音と7色のテープに送られて、18時ちょうど晴海の港を後にしました。
 

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私が、広告代理店より依頼を受けたスタッフ人数は、全部で18名。それとは別に、2名の別働隊がそれぞれ2台のレンタカーで、船の運航に合わせて各停泊地に先乗りしていました。「豪華客船見学イベント」に対応するためです。
 

ふじ丸は、東京晴海港を18時に出航すると、翌日の9時に次の寄港地「四日市」に着きます。
別働隊のうち、一人(A)は出航日の前日に東京を車で出発し翌日四日市のJ社の支店に赴きます。そこで翌日の「見学イベント」の打合せを支店の担当者と行い、翌日に備えます。もう一人の別働隊(B)は、ふじ丸の出航日に大阪に向かいます。そして四日市にふじ丸がいる間に大阪の支店の担当者と打合せをします。
 

このように、別働隊2班は車で船と競走しながら、「互い違い」に全国の港を駆け巡りました。当時カーナビなどなかったので、地図が頼りの孤独旅でした。地図上では何ということなくても、実際走ってみると「日本はとてつもなく広い!」と実感したとか。
新潟から仙台ルートでは「本場の喜多方ラーメン食べられるね!」と、出発前に囃し立てたものですが、その道中は「山また山」で、随分と難渋したようでした。
 

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チーフディレクターの「私」以外の18名のスタッフの内訳は次の通りです。
 

○ディレクター2名○照明・音響オペレーター2名
○進行アルバイト13名(男/8名、女/5名)
 

ディレクターとオペレーターは、日頃付き合いのあるスタッフだったので、ほとんど問題は起こりませんでした。(旅の後半、お互い疲れきって「いつも笑顔で」とはいかなくなりましたが)
 

アルバイトは、広告代理店得意の「新聞広告」で集め、面接で決めましたが、やはり“問題児”は紛れ込んでいました。ただ、「出航してしまった船は後戻りできない」のたとえ(?)通り、途中で船から降ろすこともせず、この課題は解決されないまま、最後まで持ち越しました。
 

それ以外のアルバイトは、こうした仕事は皆初めてでしたが、それぞれ頑張って最後までやり遂げてくれました。1年後と2年後に2回、ふじ丸スタッフの同窓会をしましたが、アルバイト諸君にとって「ふじ丸クルージング」は、一生の想い出に残る旅だったようです。
 

さて、この人数で受け持った仕事のリストを書き出してみます。
 

●各寄港地でのテープカット等を含む式典と「豪華客船見学イベント」誘導
●連日連夜の有名プロミュージシャンによるコンサート
●謝恩パーティー●映画上映会●カジノ大会●シェイプアップ教室
●囲碁・将棋大会●カラオケ大会●スタンプラリー
●その他いろいろ
 

「一度は天下を取った!」という演歌歌手が、スタッフの対応が悪いと怒鳴り込んだり、入れていた司会者のうちの一人が、レベルの問題で、「ちょっと、これは使えない!」ということが出航したあと発覚したりと、細かいトラブルは数々ありました。
その度に代理店の方とも協議し、次善の策を取りながら、なんとか問題を適時解決していきました。
 

さすが豪華客船!危惧した船酔いには私は一度もかかりませんでした。ただ四日市を出た夜、熊野灘を通過する間、船は揺れ続けていました。その間、「さだまさしライブ」が行われていましたが、「さださん」、船には強いようでしたよ。
 

園まりさんのコンサートもありました。控え室から会場へ担当のディレクターがご案内した時、船の急な階段を昇る際、うしろを振り返って「見ないでネ!」とニッコリ笑って云われたとか。思わず見上げたスリットスカートの中の足が、とてもキレイだった
と、そのディレクターが後で話してくれました。
「『見ないでネ!」というその言い方も、ぐっと来るほど可愛らしかったし、歌もまったく昔と変らずにウマイ!さすがだ!」と、私より少しだけ若いそのディレクターは、以降すっかりファンになったようでした。
 

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※園まりさんが懐かしいという方。こちらの「オフィシャルサイト」をクリック!『逢いたくて逢いたくて』を聴くことができますよ。
http://www.sonomari.com/
 

なかなか話が尽きないので、もう1回この続きをやらせていただきます。