2.ハルミの想いで(1)

ハルミは「晴海」と書きます。
女性の名前ではなく、銀座からバスで15分ほどのところにある地名です。7年前までそこには晴海国際展示場がありました。
 

私がよく仕事で晴海に通っていたのは、15、6年前のこと。家から私鉄に乗って新宿で降り、地下鉄丸の内線に乗り換えて銀座に出ます。さらにバスに乗り換えて晴海に行っていました。約2時間半。
 

当時はバブルの真最中で、いまでは考えもつかないような、華やかな展示会が常時行なわれていました。スレート葺きの、急ごしらえの建物が6つほどあり、建て加えていったため(?)、それぞれバラバラのかたちをしていました。大きな古い体育館のようなもので、エアコンは一切なく、冬は凍え、夏は蒸し焼かれました。
 

日本に初めて「イベントコンパニオン」という職業が、本格的に登場したのは、多分1970年の大阪万博の時。それから約15年以上を経て、「コンパニオン」も随分と“こなれて”、大衆化していました。
 

東京駅発・銀座経由・晴海行きのバスは、朝8時台は5分おきに発着するのですが、どのバスもコンパニオン満載で、300%の乗車率。しかもコンパニオンがほぼ90%を占め、男は肩身の狭い思いで乗っていました。コンパニオンは、みんな20前後で、大学生か、今で云うフリーター(当時は家事手伝い)。たまにOLというのもいました。
 

バスの中は、顔見知り同士の黄色い声が飛び交い、多種多様の香りに満ちていました、むせる程に・・・。私も当時は当然若く、同じバスに乗っていて、可愛い娘にどうしても目がいってしまいます。でも目が合っても、にらまれることはなくて、どこか「これから同じ仕事場にかよう仲間同士」といった風がバスの中に流れていたように思います。